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新藤弘子

チュチュをとった振付家
バレエといえば、チュチュを着たお姫さまと白いタイツの王子の恋物語、男性ダンサーは女性ダンサーの支え役…。20世紀の前半から半ばにかけて、そんなバレエの常識を打ち破る振付家たちが活躍しはじめるが、なかでも代表的な存在がモーリス・ベジャールだった。初期の代表作「春の祭典」や「ボレロ」では、男女の群舞やソロが凄まじいエネルギーでぶつかりあい、圧倒的な迫力で観客を打ちのめす。ダンサーが着るのは、よけいな装飾がなく身体の線がはっきり見えるボディ・タイツ。さらにベジャールは従来のバレエとは反対に、女性よりも男性により大きな見せ場を与えた。長髪の若者たちがむき出しの上半身に汗を光らせて踊る姿は、しだいにベジャールのバレエのトレードマークのようになってゆく。ベジャールらの出現でバレエはチュチュから解放され、より力強いイメージを持つようになったのだ。 otonamuke.com モーリス・ベジャール
インタビュー
ボレロ
ベジャールは知らないが「ボレロ」なら観たことがある、という人は多い。赤い円卓の上で踊るソリストがメロディ、円卓を取り囲んで踊る群舞がリズム。クラリネットのソロから始まり、しだいに高まるラヴェルの音楽に乗ってバレエも激しさを増し、やがて爆発するようなクライマックスを迎える。クロード・ルルーシュ監督の映画『愛と哀しみのボレロ』以来、金髪を振り乱して踊るジョルジュ・ドンのメロディが世界的に有名になったが、1961年の初演でメロディを踊ったのは女性のドゥスカ・シフニオスである。現在メロディを踊っているのは史上最強のプリマと言われるシルヴィ・ギエムや、東京バレエ団の高岸直樹。 また先日、首藤康之が最後の「ボレロ」を踊って、 東京バレエ団を退団したことも記憶に新しい。本作の冒頭での「ボレロ」はこの映画のためにベジャール・バレエ団のエリザベット・ロス、オクタヴィオ・スタンリーが踊り、撮影された。 ジル・ロマン
ベジャールと映画
ベジャールの映画好きは半端ではない。その記憶の中にはフレッド・アステアのミュージカルからフランス・ヌーヴェルバーグ、ヴィスコンティにフェリーニ、さらには小津や溝口まで膨大なリストが保管されている。彼が振付けた「中国の不思議な役人」の底にはフリッツ・ラング監督の『M』(31)のイメージがあり、自伝的な「くるみ割り人形」にはアニメの猫フェリックスが登場する。1975年にベジャール自ら監督を務めた『そして私はベニスに生まれた』では、ドンとバルバラが太陽神と月の女神を演じた。ベジャールとそのバレエを扱った映画にはフランソワ・ヴェイエルガンス監督『Je tユaime, tu danses』(77)、フランソワ・レシャンバック監督『アダージェット/モーリス・ベジャールの時間』(81)などがある。
ベジャールと日本
ベジャールは日本文化に造詣が深く、その興味は文学、禅、能、文楽、建築など多岐に渡る。東京バレエ団に振付けた「M」は三島由紀夫を扱っており、「ザ・カブキ」は歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」に想を得ている。黛敏郎、三宅一生、横尾忠則ら、日本の第一線で活躍するアーティストも創作に力を貸した。1981年初演の「ライト」で日本の誇るプリマ・バレリーナ森下洋子とドンが共演したことも、記念すべき出来事だろう。スペクタクル性という共通項を持つためか歌舞伎への興味は特に強く、市川猿之助とは二十年以上前から親交を結び、坂東玉三郎は「デス・フォー・ライフ」他のベジャール作品に出演した。2002年に小林十市の主演で世界初演された「東京ジェスチャー」は名女形、中村歌右衛門へのオマージュである。世界文化賞、京都賞も受賞。本年、東京バレエ団の名誉芸術顧問に就任。
ジョルジュドンからジル・ロマンへ
1992年、ベジャール芸術の第一の体現者といわれたジョルジュ・ドンは世を去った。「ベジャールという名の私の一部は、ドンとともに死んだのだ」(「モーリス・ベジャール回想録 誰の人生か?―自伝」)という言葉どおり、その死がベジャール自身や観客に与えた喪失感はあまりに大きかった。かわってカンパニーを支える立場となったのが、本作でもベジャールとともにスタジオの鏡の前に立つジル・ロマン。現在は副芸術監督としてもベジャールを支える彼は、マーラーの音楽に振付けられたソロ「アダージェット」を最盛期のドンから伝授された唯一のダンサーである。若き日のジョルジュ・ドンの映像を見つめるベジャールの姿は、この映画のハイライトのひとつだ。そこに流れる「私に返して、人生を赤い花に変えた彼を」というバルバラの歌が、すべてを物語る。 ベジャールとジル・ロマン01
バレエ団とダンサー
二十世紀バレエ団は1987年にスイスのローザンヌに移転し、ベジャール・バレエ・ローザンヌとなった。1992年に規模を縮小、少数精鋭のダンサーによって再出発したのが現在のカンパニーの原型である。ダンサー兼副芸術監督としてカンパニーを引っぱるジル・ロマンの姿は、映画でも常にベジャールのそばにある。ベジャールと1対1で向き合い、汗だくになりながら振付を形にしてゆく場面は心を打つ。黒いボブヘアが印象的なエリザベット・ロスは、今もっとも活躍している女性ダンサーのひとりだ。シャンソンをバックに彼女とロマンが踊るパートは、前回の来日公演でも上演された。ホワイト・クラウンを踊っているのは、日本でも人気のジュリアン・ファヴロー。この映画ではまた、少女のような魅力のクリスティーヌ・ブランや、ルードラ出身の日本人ダンサー、長谷川万里子と那須野圭右の姿も見られる。昨年引退を発表した小林十市が踊る姿も、ファンの興味をかきたてるだろう。 ベジャールとジル・ロマン02
舞台「リュミエール」について
2001年6月、リヨンの古代ローマ闘技場で初演された「リュミエール」。ベジャールの作品には「ボレロ」のように一貫した緊張感を持つものと、独立した踊りを鎖のようにつないでテーマを浮き立たせるものとがあるが、「リュミエール」は後者だ。「M」のタイトルが三島、海、死、神話などを表わしていたように、「リュミエール」では“光”をキーワードに映画や歌、愛が、さまざまなダンスとなって舞台に現れる。映像を観ると「リュミエール」も彼の他の作品と同じように、本番直前まで大胆な変更が相次いだことがわかって興味深い。全幕は日本未公開だが、2002年の来日公演でダイジェスト版ともいうべきデュエット「ブレルとバルバラ」が上演されている。 「リュミエール」
ベジャール・バレエ団は2004年6月に2年ぶりの来日公演を行なう。日本初演となる「海」は昨年12月に発表されたばかりの新作。地中海の都市マルセイユに生まれたベジャールは、これまでにも多くの作品に海を登場させてきたが、今回はそのイメージの集大成となるのか。いっぽう「これが死か」「バクチ」「魔笛」も、新作に負けずファンの注目を集めることは疑いない。ベジャールの最初の黄金期ともいえる60〜80年代にかけての傑作だが、現在はほとんど上演されず再演が待たれていた。新しいキャストがどう踊るか、期待が高まる。